心の準備
先日、両親が入居するホームからまた連絡が入りました。
父の症状が悪化しており、排泄まで面倒を見なくてはならないようになったようです。
数日後にホームで、ケアマネージャー、看護師、介護士、ホーム担当者と私を交えて話し合いが行われました。
結果は、排泄と母親の精神的ケアがプラスとなり、父親のベッドをリクライニング付きの介護ベッドに変更となりました。
それらの費用にプラスして、リカバリーパンツ代金と、使い捨て手袋代金、汚物衣類洗濯代金も合わさることになりました。
要介護1でぎりぎりの点数とのこと。これ以上悪化したら要介護2以上の申請となるそうです。
するとさらに費用は増します。
施設の担当者が申し訳なさそうに、父の費用概算を述べました。
薬代金、訪問医療費、訪問歯科医療費等も加わり、月に約28万円。
母親分と合計すると軽く月額50万円を超えます。
年金を差し引き約28万円ほど月に不足する計算です。
両親共に、身体的に他に特に悪いところもなく、100歳まで二人で生きると仮定すれば、2000万円の不足となります。
改めて、お金の大切さが身に沁みました。
ホームへは徒歩で行ったのですが、足首と右股関節が痛くて、今まで4~5分で自宅から行けたところが、倍以上の時間を要しました。
その痛みも加わってか、ポジティブな私もかなり落ち込みながら、会議は終了。
そのまま父の部屋を覗くと、午後4時頃なのにベッドで寝ていました。
クーラーは効いていましたが、長ズボンにカーディガンまで着こみ、靴下も履いて布団をかぶっていたのです。
可哀そうさと憐れみを感じました。
そっと引き戸を閉め、母の部屋へ。
こちらもベッドで寝ていましたが、私に気づくと「あら、○○ちゃん、どうしたの?」とゆっくりと自分の力で起き上がってきました。
私が「調子はどうね?」と尋ねると、「うん、元気よ。お孫ちゃんたちは元気?」といつもの笑顔で安心しました。
自宅へ戻る途中で、「これくらいの足の痛みなどどうってことない。今以上に自分自身がしっかりしなければ」と思い直しました。
もしも両親に蓄えが無かったら、私達夫婦が自宅で面倒を見ることになります。
どう考えても無理ですし、これから人生をゆっくりと楽しみたいという我々の希望も打ち砕かれます。
お金は人生を左右することを、若い頃から頭に叩き込んでいないと、とんでもないことに成り得ません。
