ちっぽけな自分も捨てたものじゃない

 2025年6月12日(木)17:09 読了

「監督の財産」 栗山英樹 著

845ページに及ぶ体験大作をやっと読み終えました。

まず感じたのが、烏滸(おこ)がましいのですが、私と重なる部分がかなりあったということ。

 彼はドラフト外でヤクルトに入団しながら、大した実績も残せず29歳で引退します。

その彼が10年間日本ハムの監督を務め、リーグ優勝2回、日本一1回、更にWBCで世界一となる軌跡です。

 常に彼が考えたことが、選手たちの方が自分より圧倒的に才能と実力は上、その彼等をどのように導いて行こうかということ。

その為にいろんな「本」を読み漁り、それが役に立ったそうです。

面白いことに、渋沢栄一の「論語と算盤」に感銘を受け、新人達に読ませたそうです。

 手を抜かずに走れる選手と手を抜いてしまう選手の違いは、「習慣」と喝破していることも納得します。

更に、全編に漲(みなぎ)る「常識を疑う」などは、私と全く重なるのです。

現場にいて分かるのが、確かに「勝負運」はあるとのこと。

全力疾走を怠らない選手が最後に試合を決めるとか、技術や実力を超えることがあるそうです。

自分でできる事をやり尽くさないと、「運」や「ツキ」は向いてこない。

 『苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう、不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、泣きたいこともあるだろう、これらをじっとこらえてゆくのが男の修業である 』 山本五十六

札幌ドームの監督室に書き留めたそうです。

 私のこのブログに再三出てくる「勘」の重要性についても繰り返し書かれていました。

積み重ねた経験と、研ぎ澄ませてきた肌感覚からカンが働く。

野球は確率のスポーツであるが、その確率を全て理解したうえで確率を超えた感覚が求められる。

正しいやり方があるわけではなく、自分が正しいと思ったやり方が正しいと思わなければ前に進めない。

「過程は大事だ。しかし、結果が全てだ」などは経営の神髄とまるで同じです。

 プロ野球でも、朝の笑顔の挨拶が重要との記事には、笑みがこぼれました。

「韓非子」「孫子」「菜根譚」「貞観政要」「言志四録」のCDを何度も聞いて自分を奮い立たせたようですが、この境地になると、只者ではないと感じます。

「言志晩録」少にして学べば、即ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず。

法隆寺の鬼と言われた大工の棟梁「西岡常一」氏の言葉。

癖というものは何にも悪いもんやない、使い方なんです。人間と同じですわ。癖の強いやつほど命も強いという感じですな。癖のない素直な木は弱い。力も弱いし、耐用年数も短いですな。

 彼が選手に繰り返し言っていたこと。

「チームのために戦わなくていい。それぞれの夢に向かって、家族のために、自分の大切な人のために戦って欲しい。」

『チーム』を『会社』に替えれば、そのまま私の考え方です。

 少々落ち込み気味の人がいたら、「ネバーマインド ドゥマイベスト」

ベリーグッドマン「雑草」という曲は、元気にしてくれます。

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