新たなステージへ
36年間も経営を行っていると、様々な変化があります。
自分達には関係のない、外部環境の急激な変化もしょっちゅうです。
創業から3年ほど経った頃、それまで日本国内の各メーカーを扱う併売店からヤマハの専門店へ大きく舵を切りました。
自己資本が少ない当時では、資金を一つのメーカーに集中すべきと考えたからです。
その、ヤマハの専門店でも、他のメーカーの逆輸入車や、輸入車は扱いが可能でした。
そこで、私は、他店が全然扱っていなかったトライアンフやベスパを扱う事にしました。
お洒落で富裕層が多い福岡市内では、いずれ高級輸入2輪車の需要が来ると感じていたからです。
ところが、ヤマハの販路政策が急に変更となり、ヤマハ専門店を経営する会社では、輸入車も扱えなくなりました。
お客様も少しずつ増えて、その輸入車の担当者を辞めさせるわけにもいきません。
そこで、別会社を作ることとしたのです。
一旦弊社を辞めて、新たな会社の社員にならなければなりません。
私が骨を拾うと口で言っても、大抵の人は嫌がりました。
その中でも、快く引き受けてくれた人物が3人います。
一人は既に個人的な事情で退社しましたが、ベスパ担当のT君と、トライアンフ担当のT君は現在も残ってくれています。
この二人は、我がグループ会社に20年以上勤務してくれています。
ただでさえ、感謝の念に堪えないのに、トライアンフの店長であるT君が、偉業を達成してくれました。
ヤマハの専門店化に変更後、グループでは1店舗の月額売上高は約2800万円が最高でした。
それを最初に更新したのはトライアンフ。
更にこのT店長の元、今年3月が約4000万円、4月が約6000万円という驚異的な実績を叩き出したのです。
僅か4人のスタッフで、2か月で1億円の売上高です。
この店長の仕事ぶりに感服すると同時に、次男坊の経営者としての力量も図ることが出来ました。
私が経営者では、ここまでには至っていないでしょう。
その店全員のスタッフと共に、ミシュランの一つ星を獲得した割烹「味美」で、今まで見たこともないほどの大きなイセエビなどを食しました。
これだけでは気が済まないと、私と魔ダムでそれぞれ考えに考えた末の記念品を授与しました。
心から『有難うございます』。
