人生の目的
昨日は午前中に長男と打ち合わせを行った後の午後が暇になりました。
暖かな陽気に誘われて、久し振りに義母と両親が一緒にお世話になっている、介護ホームに出かけました。
2階の義母の部屋では、はまらなくなった箪笥の引き出しを直してあげ、かなり前から「無くなった」と大騒ぎしていた彼女の財布を、箪笥の中の洋服の重なりから探し出しました。
その後1階に降りて、両親の部屋へ。
二人共に元気で、魔ダムが買ってきた和菓子を美味しそうに食べていました。
もうすぐ87歳の誕生日を迎える母は、二言目には「私は幸せ」と言っていました。
長男としては何よりの誉め言葉です。
この平和で長閑な時間と空間を心より有難いと感じました。
改めて人生の目的を考えました。
『自分の目指すところをはっきり自覚し、たゆまぬ前進をするもの。自分の目的に対する手段を知って、それを捕え利用することを知っている人間は尊敬に値する。その目的が大きいとか、小さいとか、称賛に値するとか非難に値するとかいうようなことは、後になって批判されることだ。元来不幸とか不遇とかいっているものの大部分は、その原因をただすと、人間がいかに怠け者で、自分の目的を的確に知ろうとせず、たとえそれを知っても、それに向かって真面目に突進しようという努力の足りないところにある。人間にとって最も尊ぶべきことは、はっきり自覚した目的を持つことと決断、更に実行である』
ゲーテ